2026−07−29(水) 諏訪山吉祥寺
千石で用事を済ませた後、諏訪山吉祥寺まで足を伸ばしてみました。Googleマップでなんか面白いところないかなと地図を眺めていて偶然見つけたのですが、ここはなんと武蔵野市の吉祥寺と縁があるということで、気になっていました。

立派な山門です。額には栴檀林と書かれています。栴檀林とは僧侶のための学校の名称で、1000人以上の学僧が学んでいたそうです。駒澤大学の前身。

山門をくぐると舗装された長い道が現れます。建物が見えない・・・。文京区にこれほどの敷地を構えているところはあまりないのでは。

お稲荷さんの狐。無惨な姿です。この寺は東京大空襲でほとんど焼失していて、山門と経蔵のみが残ったそうです。この狐はおそらく再建されたものだと思いますが、それでもこの姿。

吉祥寺大仏という釈迦如来坐像。鎌倉の大仏なんかと比べればもちろん小さいのですが、結構インパクトがあります。大仏が置かれていること自体、珍しいですからね。大仏の横には六地蔵も並んでいます。

川上眉山という明治時代の小説家の墓がありました。よく知らない。

経蔵。経蔵には栴檀林の書物が納められていたそうです。装飾が細かく風格があります。手前の狛犬も独特な感じ。

鐘楼。これは再建されたものかな。でもいい意味でいかつい感じです。

二宮尊徳の墓碑もありました。尊徳が亡くなった後、尊徳の子孫が大切に保管していた遺骨・遺品の一部を、多くの著名人の墓がある名刹である吉祥寺に預けることになったようです。

墓所から境内を眺めた様子。結構広々としています。というか、山門から本堂に向かう道の両側に墓所がある寺って珍しい。大体、本堂の左奥とか裏手とかに墓所がひっそりとあったりするものなのだが、ここは有名人のお墓が多いせいか、墓所が開放的。

本堂。額には諏訪山の文字。ここはもちろん再建ですね。

榎本武揚の墓もありました。北海道の五稜郭を拠点に明治新政府軍と戦った人という記憶がうっすらありましたが、なんとその後は明治政府でも活躍していて、明治政府の全権公使として樺太・千島交換条約に調印した人でした。東京農業大学の建学の祖でもある。有能な人だったんだろうな。
諏訪山吉祥寺は決して有名とは言えない寺だと思いますが、予想外に広くてクセの強い興味深い寺でした。ちょっと遠かったけど訪れてみてよかったです。
